論点整理室 #3 「運が悪い」人
- taisyo takaguchi
- 2025年12月18日
- 読了時間: 2分
唐突だが、自分で「運が悪い」とか「巡り合わせが良くない」とかいう人が大嫌いである。その運とか巡り合わせというのは周りから見て言える言葉であって、自分でいうのはただの責任の押し付けである、そう考えているからである。
まぁ、世の中自分の決定だけでどうにかなることの方が少ないのでそう言いたくなる気持ちも分からなくはないが、むしろ1%でも自分の判断がその結果に影響を与えているのだとしたら、そこに全フォーカスを当てるべきだろう。変えられるのは自分であって周りではないのだから。
心理学的にいえば、内的統制と外的統制という言葉が存在する。
内的統制:ある出来事が起きた原因を自分の中にあると捉えること
外的統制:ある出来事が起きた原因を自分の外にあると捉えること
この内的統制が強いタイプだと、成長の機会や成功を目指す活動が活発になる一方で、ストレスを溜め込みやすいともされる。外的統制の方が外に責任を作るので、良くいえば不可抗力や理不尽な状況におけるストレス管理がしやすいわけだ。
大学で論文にするとしたらこの内的統制と外的統制の傾向を調べて、それと授業に対するシラバスでのコメントとかを調査したら面白いかも。
例えば外的統制が強い人は授業に対する改善してほしい部分を書く人が多い、とか? (ただ文句だけを書く人がどっちなのかなんとなく統計的に差が出そうな気がするよね)
この書き方で言うなら、僕は内的統制が強い方なのだと思う。それ故に基本的に一人で抱え込んでしまい、たまにメンタルが病んだりもするわけだが、まぁその方が人として成長できると思ってポジティブに考えることにする。
そもそも僕は結果主義で今までやってきた。レーシングドライバーになるにはまず結果がないと始まらない。そのために自分のどこが悪いのか、どこを直さなきゃいけないのか常に考えてきた、周りから考えすぎだと言われるくらい。その結果こんな性格になったのだろう。
話を戻して、人の失敗や体験談に対して「運が悪い」で片付けるのも勿体無いと思うが、大抵の場合、そういうのを話す時はせめて周りからは慰めてほしいものだ。じゃなきゃ人の気持ちを汲み取れないただのKYになってしまう。そう、時には運で片付けたい事象も世の中には存在するのである。
何が言いたいか分からなくなってしまったが、多分周りのせいにするなよ、という自分への戒めだと思う。そう思って、これからも生きていたい。


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